「いわゆるあの、蚊ってメンヘラだと思うんですよね。」
次の瞬間、“笑ってはいけない武田舞彩のライブ”は、代官山LOOPにいた観客全員アウトの結末を迎えるのであった。── 本文より
代官山LOOPで11月19日に開催されたライブイベント『Flavor 〜Daikanyama LOOP 12th Anniversary〜』に、武田舞彩が出演した。
コロナによる自粛期間を経て、約8ヶ月ぶりの観客ありでのステージに立った10月。これに続いてのライブが、もはやホームとも言える代官山LOOPでの今回のイベントだ。リハーサルに見られた彼女の一挙一動から推測するに、この日の武田舞彩はきっと絶好調。そんな予感が本番前から早くも漂っていた。
当時の記憶に牙を剥く
この日のステージの1曲目として、舞彩は「東京」を披露する。彼女自身が15歳で上京した頃の想いを詰め込んだ作品。初披露時からファンの間で人気の曲ではあったが、当時よりもギターの音の粒も揃い、何より安定したストロークが心地よい。
「私は福井県出身なんですよ。歌手を目指したのは小学生の頃で、福井から東京に週5くらいレッスンで通っていたんです。でも、当時、お仕事したいなぁって思っても、『福井が遠いから、無理』と言われることもあって。……はぁ? みたいな。こちとら歌手目指して福井から東京まで通っているのに、距離のことで断られるとか。むしろ私のほうがやる気があるんじゃないかって思って、東京に出てきてやったわけですよ。でも、思った以上に東京は地元の福井とは違っていて。結構……こんなに……あの……薄ぎた(以下略)」
心地よく歌い上げていた舞彩だったが、MCになると、当時の記憶に突然牙を剥き始める。いずれにせよ、当時の10代前半だった彼女が受けた大人たちの理不尽さが今の彼女を作り上げたのだとしたら、当時の武田舞彩の周りにいた大人たちには感謝すべきなのかもしれない。
新しくなった「あげだしっ」
ロサンゼルス留学中に“イキリ”高校生として“お気に入りだったスラング”を和風テイストしたという説明で「あげだしっ」を紹介する。しかし、今回の「あげだしっ」は、季節が変わると着る服が変化するように、ギターのカッティングを巧みに鳴らしたパーカッシブな新バージョンに。オリジナルの音源すらリリースしていないにも関わらず、早くもセルフカバーを披露するかのような既存曲の変化は、足繁くライブに通ってくれるファンにこそ新しい驚きを与えたいというエンターテインメントの基本でありもっとも難しい部分を彼女なりに表現し、提供しているかのようですらある。
続く「サヨナラ、僕の青春。」も、アルペジオとギターストロークを使い分けて言葉をより明瞭に続けつつ、ダイナミクスに富んだ音を鳴らす。舞彩の手にするテイラーギターのきらびやかな音色は、明るさの対極にある影の存在をも感じさせて、それが歌われる物語をよりドラマティックに仕上げている。
蚊って人間に好意を抱いていると思う。
前回のライブ同様に新曲を用意してきた武田舞彩。「次、歌うのは新曲なんですけど。」というお決まりの“One more thing”に、観客も純粋に新曲への期待だけをしたに違いない。……ここまでは。
「みんな、あの……“カ”(蚊)って知ってます? 知ってる?」
その言葉が舞彩の口から発せられた瞬間、集まった観客の頭の中には、大きなハテナ(?)マークがひとつ浮かぶ。波形としてオーディエンスの耳に届けられる「カ」という音。「可」「科」「課」それとも「Car」……? はたして彼女はどの「カ」の話をしているのだろう。そんな疑問に脳内が支配されていく。しばらくして、観客から思わず漏れた「モスキート?」というつぶやきに「そうなの!」と嬉しそうに指を差して、実に満足げな舞彩だが、聴いているこちら側としては「蚊」が新曲とどのような関係があるのかが、相変わらず不明なままである。
「蚊って、モスキートって英語で言うんですけど、私、蚊って人間に好意を抱いていると思うんですよね。」
集まった観客の頭の中には、大きなハテナ(?)マークがひとつからふたつに増える。新曲と「蚊」にどういう関係があるのだろう? というのがひとつ。目の前にいるこの子は一体何を言っているんだろう? というのが、もうひとつ。
「夏になると蚊がいっぱい出てきて、私はO型なのでよく刺されるんですけど、人間の心理と一緒で、ちょっかいをかけて振り向いてほしいみたいな感じなのかなって思って。だから、蚊の気持ちになって書いた楽曲を歌いたいと思います。」
舞彩から「蚊の気持ちになって書いた」というパワーワードを突然ぶっこまれて、コロナ対策で声出し厳禁の会場では、マスクの奥で笑いを噛み殺した観客のすすり泣きにも似た声がかすかに漏れる。確かに昆虫の世界でも我々の解明できていないことは多い。たとえば蚊をはじめとした多くの昆虫にある翅(はね)が、進化のどの過程で出現したのかはいまだもって謎のままである。そう考えると、我々の解明できていないところで、蚊の吸血行動には人間への好意表現、求愛行動という側面が含まれているのかもしれない。うん。絶対違う。
そんな非常に個性的な見解を示して、舞彩はフレットに指を添わせる。「蚊の気持ちになって書いた」という舞彩ワールド全開な、謎に満ちた次の曲が始まるのを耳を澄まして待つオーディエンス。そして舞彩は一言。
「いわゆるあの、蚊ってメンヘラだと思うんですよね。」
次の瞬間、「その話、まだ続けるのかよ!」と誰もが頭の中でツッコミを入れ、かくして、“笑ってはいけない武田舞彩のライブ”は、代官山LOOPにいた観客全員アウトの結末を迎えるのであった。
武田舞彩、新曲「もすきーと」
そうして披露された新曲「もすきーと」は、ギターだけで弾き語りしていてもオケ用にアレンジされた音が聴こえてきそうなほどに、想像力を掻き立てるポップでキュートでキャッチーなメロディーを備えていた。大サビ前にブレイクを挟んだり、歌詞にある「パイプライン」というワードに由来しているのかは定かではないが、後半にはベンチャーズを思い起こさせるブリッジミュートも使ってギターを鳴らしたりと、ワクワクな曲の構成にもなっている。しかも、歌詞のほうも遊び心と蚊になりきった舞彩のキュートさに溢れており、我々の想像以上に完成形と音源化への期待が高まる新曲だったことは、会場にいた人たちなら全力で頷くことだろう。
ちなみにこの日の「もすきーと」には、ちょっとしたミスがあり、本人はステージを下りた後の楽屋で(本番前にカメラを向けられて調子に乗って切りすぎた前髪以上に)悔しがっていた。ただ、その些細なミスは、初めて「もすきーと」を耳にした観客たちには“そのような楽曲”として受け入れられた様子。Twitterにはその部分を好意的に捉えているコメントすら見られたので、次回、彼女がこの曲を披露する時にミスを修正するのか、それともこの日生まれた偶然を正解とするのかは注目しておきたいポイントだ。
なお、「もすきーと」初披露の後も、舞彩は蚊について話足りなかったのか、ステージ上で「私、蚊みたいな女の子に好かれたいと思うけどな。」「私は、メンヘラな女の子すごい好きなんですよね。」といった意味不明な供述を繰り返す。ただ、次の曲「Truth Proof」へとつなげるMCで「生きてると、自分がどれかわからない。」という発言を突然し始めた彼女こそ、この瞬間、誰がどう見ても一番メンヘラだったのは確かである。
ライブを通して完成度が目覚ましく上がっていっている曲といえば「Truth Proof」だろう。もちろんそれは、ギターの出音の細かい処理の仕方から声の出し方や歌い方まで、今の彼女の持ちうるスキルを存分に注ぎ込んでいるから、というのも当然あるだろう。しかし同時に、彼女自身も我々オーディエンス側もコロナ禍を通じて自分と向き合う機会が増えたから、余計にそう聴こえてしまうのかもしれない。昨今の状況下で自分の存在意義について歌われたこの曲を聴くと、自身の中にある様々な思考がリンクしてしまう。
「楽曲は、アーティストの手元を一度離れたら、それを育てるのはオーディエンスでありファン。」
そんな言葉もあるが、特に「Truth Proof」は、(武田舞彩本人の成長スピードと同じくらい)リスナー起因による進化が現在進行形で急速に起こっているのではないだろうか。
武田舞彩のライブステージは、当然12月にも控えている。最新情報は、以下の本人のTwitterなどを参照してほしい。