『真野恵里菜デビュー10周年記念ライブ~my precious treasure box~』が、3月18日にZepp Tokyoにて開催された。
単独ライブとしては『真野恵里菜コンサートツアー2016初春 〜GRAND Escalation〜』以来、約3年2ヶ月ぶり。なんでもない日に行なったイベント『真野 Friends Party Thanksgiving ~なんでもない日を特別な日にしよう!~』から数えて9ヶ月ぶりとなるステージは、真野恵里菜にとってメジャーデビュー10周年の記念日開催。「1年の中で3月18日、この日だけは真野ちゃんのために。」という“本人からの強い要望”を知っているマノフレ(=真野恵里菜のファンの総称。真野フレンズの略)はもちろん、ここ数年の活躍でファンになった人など、多くの人たちがZepp Tokyoへと足を運んだ。
■ 3月18日 14時45分。リハーサル
3月18日、14時45分。Zepp Tokyoのステージには、白いパーカー姿の真野恵里菜と、バンドメンバーの姿があった。予定時間を30分前倒しして始まったリハーサル。時折笑顔を覗かせながらも、久しぶりのライブの感触を思い出すかのように、真野ちゃんは真剣な眼差しで、1曲ずつ自分の声に、歌に向き合う。10年で最高のステージを作り上げられるように、そして最高の真野恵里菜のライブを見せることができるように、PA、照明、各スタッフも調整に余念がない。
さわやか五郎も中島卓偉もリハーサルに加わる。さわやか五郎はファンを盛り上げるタイミング、自ら2階や客席に降りる流れと実際の動線、そしてステージに戻るタイミングを確認。「このタイミングではステージで真野ちゃんと踊って盛り上げたい。」といった本番に向けてのアイディアを出していく。中島卓偉は本番で使用するギターを自ら手に取り、音の鳴りをスタッフと調整。そして真野ちゃん、バンドメンバーと曲の細部にいたるまで確認していく。
入念なリハーサルは、開場時間の1時間前まで、実に3時間以上も行なわれた。最後に真野ちゃんは、ステージ上ではもちろん、ステージを降りてPA卓のところまでやってきて、スタッフひとりひとりに「本番もよろしくお願いします。」と、頭を下げる。
「すべては真野のために。真野恵里菜の10周年ライブを大成功で終わらせるために。」
出演者、スタッフ、全員の想いが集結した開場前のZepp Tokyoは、ヴェールのような緊張感に包まれながら、観客がやってくるのを静かに待っていた。
■ 10周年記念ライブ、開演
18時15分、開場。真野恵里菜がこれまで発表した作品がBGMとして流れる中で、赤いライブTシャツ(これまでのライブTシャツ含む)を着たマノフレたちがフロアを埋めていく。いつもの顔もあれば、女性の姿も増えて、ここ数年の真野ちゃんの活躍によって、ファン層が広がったのを実感できる。女優・真野恵里菜からファンになった人たちにとって、ステージに立つ真野ちゃんはどのように映るのだろう(特に、あのマノフレ弄りとか……突然スイッチが入る説教モードとか)。そんな余計な心配もまた、期待の裏返しというものである。
5分ちょっと押しての開演。客電が落ちて、歓声がZepp Tokyoの広い空間を飛び交う。照明がステージを赤く染めれば、客席も真野現場専用ペンライトで埋め尽くされる。オープニングSEに合わせてコールが発生し、バンドメンバーが位置についての1曲目は「Song for the DATE」。オケとは違った力強いドラムのビートが鼓動と重なり、期待感は一気に急上昇。バンドの演奏に背中を押されるように、赤いワンショルダーのドレスでステージに登場した真野ちゃんは、下手側の空中を少し見上げて、そして目を閉じる。フロアの隅々まで届けようと視線を向けて歌われるその声は力強く、本ライブへの気合いがこれでもかと伝わってくる。
本人曰く「出てくる時、(泣きそうになって)危なかった。」という「Song for the DATE」を経て、ステージ上を下手から上手と歩き、観客からの声援を全身に浴びた「青空が笑ってる」。真野ちゃんからも笑顔が溢れる。
「あー、懐かしい景色、ありがとうございます。」と、最初の挨拶で真野ちゃんはマノフレとの再会を喜ぶ。ところが「声出せますかー?」と客席を煽ったものの、マノフレから返ってきた声にはご不満の様子。「全然足りない。……え? “エーッ!”じゃないよ! みんなこんなもんでいいと思っているの?」と、冒頭からマノフレへの説教タイムに期待(!?)が高まる。が、しかし、彼女は横を向き、ちょっと呆れた表情を浮かべて、唇に人差し指を当てる。次の瞬間、「声、出せますかー!」とオフマイクで真野ちゃんは絶叫。こんなパフォーマンスを見せつけられたら、マノフレソウルに火がつくというものだ。
真野ちゃんからのエモーショナルな挑発もあって、猛烈な勢いをまとう「ドキドキベイビー」のコール。マノライブにおけるマノフレは、言うなれば、マノバンドのギター、ベース、キーボード、ドラムに続くパート。真野ちゃんも、客席で揺れる赤い光を嬉しそうに目を輝かせて追っていた。
一方、さすが女優という表現力で魅了したのは「この胸のときめきを」。一気に盛り上げたところでバラード投入という“ハロコン感”すら微かに覚える振り幅ながら、真野ちゃんは、その歌声、表情、視線、仕草で一気に会場の空気を変えていく。さっきまで楽しさで輝いていた瞳は憂いを帯び、気がつけば誰もがそのステージに心を奪われていた。
「さあさあ、みなさん。久しぶりのマノライブですけども、ちゃんとついてこれてますか? ほんとに大丈夫ですかー?」
そう客席に呼びかけて「世界はサマーパーティ」「Love&Peace=パラダイス」「はじめての経験」と、初期真野恵里菜のアイドルチュー”3曲がメドレーで披露される。KANとたいせいが紡いだメロディーラインに乗せて歌って踊る真野ちゃんと、それを目にして一緒に踊るマノフレたち。この楽曲群がリリースされたのは10年前の2009年(真野ちゃんはメジャーデビューした2009年に5枚もシングルをリリースしている)。当時、誰が10年後も同じようにステージ上の真野ちゃんと、歌って踊って盛り上がることができる空間が存在していることを想像しただろうか。ファーストコンサートツアーの東京公演が行なわれた東京厚生年金会館にも匹敵するようなキャパの会場で、10年後も自分が真野恵里菜のコンサートに参加していることを誰が想像できたであろうか。
そんな“軌跡”は、同時に“奇跡”でもある。
■ ハロプロ文化の祖・マノフレ
「いえーい!」と、ステージ下手から、蝶ネクタイにジャケット姿のさわやか五郎が入ってくる。途端に巻き起こる“お約束”のブーイング。「今日はめでたい日! 真野ちゃんもなんか言ってよ!」と話を振られた真野ちゃんは、「最高! みんな!」と、会場全体から浴びせられるさわやか五郎へのブーイングに大満足の表情を見せる。
「このブーイング、あらためて思い返してみたら……マノフレから始まってるんだよ。」
ハロー!プロジェクトではおなじみの、さわやか五郎へのブーイングを初めて行なったのはマノフレ。つまりマノフレとはハロプロ文化の祖、ハロプロ文化の礎なのである。
「来てもらっちゃいました。今日のこの日を迎えるには、“岡見さん”はいろんな意味で必要かなって。」
真野ちゃんがそう感慨深く語るも、さわやか五郎は「(さわやか五郎って)芸名付けたんだよ! でも真野ちゃんは、出会った時のまま本名で呼ぶんだよ!」と訴える。会場からはもちろん大“岡見”コールだ。ちなみに余談だが、スタッフが所持しているセットリストには、さわやか五郎がステージインしたり、客席に降りたりするタイミングが「岡見」表記で記載されている。つまり真野現場では、いつも、そしてきっといつまでも、さわやか五郎は“岡見時秀”なのである。
「みんなも、真野と絡む岡見さんを観たかったでしょ?」と、真野ちゃんは客席に話を投げるが、「ちょっと待っててもらっていいですか? なんか面白い話をしといてください。」と、早々にさわやか五郎にステージを任せて、ステージ袖へと引っ込んでしまう。さわやか五郎は「10年前、デビュー日から応援してくれるマノフレはどのくらいいます? ありがとうございます。その頃は、こんな“地獄の振り”をする子じゃなかったんですよ。」と、しみじみと、そして「面白い話をしろ」という真野ちゃんからの司令にしどろもどろになりながらトークを展開する。
「どうもー。2階席おじゃましますー。」
真野ちゃんはどこに行ったかと思えば、2階のバルコニーに姿を現す。そして、ステージ上のさわやか五郎と掛け合いをしながら、客席の間を歩き回り始める。「どうもありがとうございます。真野恵里菜ですー。」と、ステージから距離のある2階席のファン、当日券で入った立ち見のお客さん、そして2階席中央に位置する関係者などに挨拶。実はあの2階の動線のどこかに真野ちゃんのご両親の姿があった、というのは裏話である。
そしてそのまま1階席へと真野ちゃん降臨。マノフレに手を振ったり、呼びかけに応えたり、目を合わせようとするもマノフレに視線をそらされたりしながら、自分の思うがままに(リハーサルの時とは違う順路で)客席の通路を歩き回る。マノイベントで恒例となっている“客席降臨”は、スタッフが真野ちゃんにあちこち振り回されるところまでがセットである。
「真野が自由に動いても、みんなは道を開けてくれるっていう。マノフレは紳士なの。……疲れたよ。これ(客席を歩くこと)、リハでもやったの。今回のライブ、ヒールを頑張ったのね。で、リハで2階に行ったら、膝痛くなっちゃって。」
Zepp Tokyoの広い空間を歩いて、息を切らしながらステージに戻ってきた真野ちゃんに、さわやか五郎は「10年前だったら息上がってなかったんじゃないの!」と、“地獄の振り”のお返しとばかりに、核心をついたツッコミを入れていた。
■ 真野ちゃんとさわやか五郎
時に、“さわやか五郎を滑らすのが大好きな”真野ちゃん。しかしこの日のトークでは、6月のイベントにおいて、さわやか五郎を弄りすぎて無下に扱ってしまったのではないか、という反省の弁が飛び出す。「さすがは10周年の真野ちゃん、大人になったなぁ。」というマノフレも思わずほっこりするエピソード……かと想いきや、もちろんこの話には続きがある。
「今回ね、ライブをやることになって、バンドさんもそうなんですけど、年末とか割と早い段階で『この方にお願いしたいです。』ってお伝えして、出演をお願いしていたんですよ。でも、本番4、5日前に、コンサートスタッフさんたちが言うんです。『あれ? さわやか五郎、来てくれるのかな?』って。「マネージャーさんから返事がない」って。だから、私、御本人に直接連絡しましたもん。」
なんとここにきて、さわやか五郎こそが真野ちゃんからのオファーを無下に扱っていた疑惑が噴出してしまう。会場を埋め尽くすマノフレ全員を敵に回しかねない衝撃の事実に、さわやか五郎は「僕は一番初めに聞かされた3月の仕事はこれでした! もちろんですよ!」と必死に弁明。“プライオリティーの最上位は真野ちゃん”というさわやか五郎の姿勢に、マノフレからは称賛の拍手が起こる。だがしかし、さわやか五郎が讃えられることに納得行かないのか、真野ちゃんはこのさわやか五郎への拍手をかき消すように言葉を重ねる。
「違うんですよ! 以前、ファンクラブイベントでお願いしようと思ったら、『あ、その日、さわやか五郎は仕事が入る可能性があるので、スケジュールは切れません!』ってマネージャーさんが言って、出てくれなかったの!」
さすが10周年記念ライブ。ここぞとばかりに、過去にさわやか五郎から仕事を断られたという出来事をわざわざ蒸し返す真野ちゃん。これにはさわやか五郎も、「真野ちゃん! 真野ちゃん! 全然邪険に扱ってるよ! 昔と変わってないよ!」と、慌てふためくしかない。そんな、真野ちゃんとさわやか五郎のいつものやり取りを観ながら、笑いと歓声(と、ブーイング)を返すマノフレ。
「でも、こうやって盛り上げてくれるので、みなさんも“さわやか五郎”さんにお礼を言いましょう。」
そう。これが、マノイベントのいつもの光景だ。
■ マノフレの本領発揮・ハロプロカバー
さわやか五郎とのトークを経て、真野恵里菜にとって“育ててもらった場所”であるハロー!プロジェクトの楽曲から、2曲が披露される。「手を握って歩きたい」のイントロが流れてきた途端、驚きの声とともに、「これは2002年の後藤真希のコンサートか?」というほどの正確なタイミングとフレーズで即座にコールを入れ始めるマノフレ。さすが真野ちゃんとともに歩んできただけの精鋭ぞろい。単なる古参ではない、言うなればハロヲタ界の鉄人・衣笠。真野現場がない時には別の現場に足繁く通って日夜研鑽を積んでいるだけなのかもしれないが、とにかく真野ちゃんがハロ曲を歌えば途端に当時の空気が構築されるのは、マノフレが備える柔軟性と対応力の高さにほかならない。
さらに、ハロー!プロジェクト モベキマス「ブスにならない哲学」のカップリング曲のひとつで、真野恵里菜がソロになってから歌ったことがない「かっちょ良い歌」を披露する。「これ、ひとりで歌うとしんどいの。カラオケで歌ったことある人いる? 大変じゃない? “ソロバージョンこれあったじゃん?”って思って、iTunesで自分の真野恵里菜バージョンをダウンロードして。で、今日、歌ってみたけど……ちょっと、だいぶ間違えました。」と、少し照れながら告白する真野ちゃん。しかし、客席から聞こえてきた「(間違えるのは)いつも」の声には「“いつも”って言わないでっ!」と、瞬発力抜群の反応をみせる。「別に傷ついてないし。」と、ちょっと強がりつつ、ステージ上からマノフレにしっかりと言い返す真野ちゃんという構図。これもまた、マノイベントでの恒例だ。
「続いては、ちょっと静かな曲を行こうかなと思うので、みんな座ってもらっていいですか。 10年経つと2時間立ちっぱなしというのも辛いでしょ?(全然辛くないという仕草でアピールするマノフレたちを見ながら)……強がっちゃってー。」
さっきまで強がってた人が、今度は強がってる人を弄る側へ。そして真野恵里菜のバラード曲から「花言葉」。真野ちゃんは想いを馳せるかのようにZepp Tokyoの宙を見つめ、バックのスクリーンに表示される歌詞のひとつひとつをメロディーに乗せて、オーディエンスのもとへと届ける。
さらに、怪しげな赤いライトを受けて、真野ちゃんの指先がマイクスタンドをソフトタッチでなぞる「ダレニモイワナイデ」。思わせぶりな視線と小悪魔モード全開の真野ちゃんに、マノフレから興奮の声が漏れる。完全に余談だが、女優・真野恵里菜の「ダレニモイワナイデ」は(多分、映像として世間には出回っていないと思われるが)、アイドル・真野恵里菜のそれよりも遥かに大変なことになっている。定番フレーズをここで使うなら「観たことがないなんて人生損してる」というレベルである。
そして真野ちゃんが主演した実写版『パトレイバー』こと『THE NEXT GENERATION パトレイバー』の主題歌だった「大切なキセキ」。“何気ない日々の中での誰かと出会うというキセキ。誰かと未来を分かち合うというキセキ”を彼女が歌い上げれば、客席はその声に耳を傾け、やがて大きな拍手に包まれるのだった。
■ 名曲「My Days For You」を超える── 中島卓偉、登場
真野ちゃんが一旦ステージを降り、「Ambitious Girls」をベースにしたバンドのインストが会場を揺らす。各パートが鮮やかに魅せるソロプレイにマノフレも歓声で応え、期待感を高めていく。
「続いてはですね。素敵なゲストの方が来てくださっているのでお呼びしたいと思います。卓偉さんです! よろしくお願いします!」
白とグリーンを基調としたジャケットにショートパンツという衣装にチェンジした真野ちゃんが、ゲストの中島卓偉を呼び込む。ボルドーカラーのスーツに華やかな花柄のシャツを決めてステージへと現れた卓偉は、オーディエンスにお辞儀をして、ステージ中央で真野ちゃんと握手。そして下手側にセッティングされた位置について再び頭を下げる。パンクロッカーだからといって、その立ち居振る舞いでは空気を壊してはいけない。それが九州が生んだ折り目正しいロックシンガー・中島卓偉。さすがはデビュー当時の体型を維持し続けているストイックな男である。なお、卓偉がツイードのスーツに花束を抱えて歩いてくるのではないかと思った人は、中島卓偉の「花束とスーツ」を聴きすぎなだけである。
「今回、卓偉さんに来ていただいたのはですね。あの、真野が年末にとんでもないわがままを言い出しまして。“10周年なので、新曲をいただけないか”と……。」
「ええ。ちょうどアルバムを作っててね、“マジかよ”って思いました。」
当時の卓偉の口をついた「マジかよ」のフレーズは、“真野ちゃんからいきなりのリクエストをされたことがある人”に共通するのではないだろうか。卓偉の発言で巻き起こる笑い声に耳を傾けながら、個人的にそんなことを思ってしまう。
ちなみに真野ちゃんの説明によると、新曲を制作するにあたり、10年を迎えた今の真野恵里菜からの感謝の想いを届ける曲で、さらにその曲は、名曲「My Days For You」をどうしても超える必要があったという。そこで、作詞:NOBE、作曲:中島卓偉という「My Days For You」を生んだ両者に依頼した。
「いや、もうね、スタッフィングの打ち合わせの時もプレッシャーすごかったですもん。“「My Days For You」を超える”って、何回そのフレーズを聞いたか。」
「社長がね、繰り返す方なんで……。」
「“真野も言うてます。”って。」
「関西弁バレる(笑)。……で、今日は、いち早く私たちの声でみなさんにお届けしたいなと思いまして。」
■ 涙を振り切り、歌を止めなかった理由
真野ちゃんは胸に手を当てて呼吸を整える。「これまでのリハーサルでも、3回ほど唇噛み締めて空を見上げた」と、数日前に真野ちゃんはこっそり明かしてくれたし、数時間前のゲネプロでも「泣いてしまうかも……」と、不安をこぼしていた新曲「かけがえのないあなたへ〜my precious treasure box〜」初披露の時。
背景のスクリーンに、真野ちゃんの文字で「かけがえのないあなたへ〜my precious treasure box〜」のタイトルが浮かび上がる。手書きにしたのは、曲に込めた想いを、よりダイレクトに伝えるため。ライブ前に新曲を配信することもできたのに、それを行なわなかったのも、まず音源ではなくライブで、真野恵里菜から直接マノフレに届けたかったから。文字の温もりからは、そんな言葉が聞こえてきそうである。
ハイハットと鍵盤の音色に歌声が乗り、ドラム、ベース、ギター、そして卓偉のコーラスが重なっていく。真野ちゃんは、Zepp Tokyoの広い客席の隅々まで視線を向けて歌う。それは“かけがえのないあなたへ”想いを伝えるため。瞳が潤んでも、声が震えても、うねりを上げて押し寄せてくる感情をギリギリのところで必死に食い止める。
続く「My Days For You」でも、歌えなくなりそうなほどに想いが昂ぶった瞬間があったが、それでも彼女が涙を振り切り、歌を止めなかったのは、それが真野恵里菜のプロとしてのプライドであり、真野恵里菜の成長を温かく見守り、期待してくれたマノフレに対する彼女の誠意であり。
そしてハロー!プロジェクトという枠組みの中で同じ時間を過ごし、完璧なまでのアイドルを貫いて芸能界を引退した“親友”の言葉を体現するため。「人に感動を伝えたいなら泣いてはダメ」という信念は、彼女の“イズム”を継承した後輩たち、同じ時を過ごした仲間たち、そして多くの“おとももち”によって、これからもずっと伝えられていくだろう。
「幸せだわー。なんかいつか一緒にって思ってたんですけど、そんな図々しいこと言えないって思ってたんです。」と、真野ちゃんは中島卓偉との共演を嬉しそうに語る。リハーサルの時からコーラスが入るたびに卓偉のほうを向いて嬉しそうな表情を浮かべていた彼女にとって、これは10周年ライブだからこそのスペシャルな出来事だった。
■ 「マノフレに感謝」「今日はデビュー日」
マノフレの大歓声に深く一礼した中島卓偉を送り出した後、真野ちゃんは「水飲んで落ちつきます。」と、ドリンクに手を伸ばす。このタイミングで客席から「飲んでる姿も可愛いよ!」などいくつかの言葉が真野ちゃんへと投げられる。
「なんだって? みんな同時に喋りすぎ!」
念願の共演を経て、真野ちゃんはすっかり夢見心地になっているんじゃないか。それはマノフレの慢心、油断というものである。たとえるなら“神奈川のケルベロス”かというほどに、次の瞬間、真野ちゃんは説教モードの牙を剥く。想定外の返しにマノフレは爆笑。もっとも、「すみませんね。いつもこんな感じで。初めて観る方、すみません。ちょっと神奈川の田舎っ子が出ちゃって……。」と、真野ちゃんは初めてマノイベントに足を運んだ人たちへ配慮をみせていたが、これもまた真野ちゃんなのである。
ここからは「ドレミファどうして?」「青春のセレナーデ」「春の嵐」「Glory Days」と、マノライブの定番曲を立て続けに披露。真野ちゃんがマイクを客席に向けて大きく手を振ると、呼応するように客席では無数の真野現場専用のペンライトが円弧を描く。さらに途中では、真野ちゃんはジャケットを脱いで真っ白な衣装へ。暗いステージ上で一筋の光に照らされて浮かび上がる様は、満月の夜に咲いた月下美人。朝にはしぼむその花にとって、今は今しかない。ドミノのように消えゆく一瞬一瞬を真野ちゃんとマノフレは全力で分かち合う。
「さあみなさん、ライブも残すところ2曲となりました!」
真野ちゃんはタオルを掴む。マノライブにおいてみんなが全力で参加する1曲にして、最高のアルバム曲「バンザイ!~人生はめっちゃワンダッホーッ!~」。「バンザイ!」の声とタオルが舞う中で、真野ちゃんは「マノフレに感謝」「今日はデビュー日」とフレーズを変えた10周年スペシャルバージョンを全力で披露する。
そして三三七拍子のリズムをバックに「さあみなさん、次がラストの曲です! まだまだ元気余ってますよね!」と言い放ち、「元気者で行こう!」へと猪突猛進。真野カラーの全身タイツに身を包んだ“元気者”もステージに登場したかと思えば、真野ちゃんの指示で客席にも乱入。一方、客席のマノフレはというと、明日のことも顧みずに歌って踊っての大騒ぎ。真野ちゃんからはサインボールが客席へと投げ(、蹴り)入れられて、Zepp Tokyoは真野恵里菜の10周年を祝うにふさわしい狂喜乱舞となっていた。
■ 真野恵里菜の想い
赤い真野現場専用ペンライトが、暗転した客席に光の波紋を形作っていく。アンコールを求める声は、やがてバンドメンバーと真野ちゃんをステージへと引き戻す。
「あたたかい“恵里菜”コールありがとうございます。最後、ビックリしたでしょ? ちょっと遊んでみたくて、どうしたら“元気者”が来てくれるかなって思ったら、もう張り切って来てくれたから(笑)。こういうこともしたかったの。ライブでやっていいのかっていう疑問もあったけど……やっちゃえばいいじゃん!ってことで。」
アレンジされた今回のライブTシャツを着てアンコールに登場した真野ちゃん。一呼吸おいて、真野ちゃんとマノフレの間にはピアノの旋律が流れ始める。
「お届けしてきました、『真野恵里菜デビュー10周年記念ライブ~my precious treasure box~』。伝えたいことっていつもいっぱいあって。本も出させていただいて、そこでね。言い切れないほどいろんな言葉を書いていただきました。ぜひそちらも読んでほしいんですけど……昨日の夜ね、「本当に明日ライブあるのかな?」「みんな来てくれるのかな?」って思って。前に比べて、私もTwitterを書かなくなった、更新頻度が減ったので。昨日の本の握手会とかも、「あれ? 思ったより反応が少ないぞ? これは大丈夫かな?」って思って。」
「でも、昨日もそうですし、今日ライブが始まっても思いました。そういうふうに心配した自分、バカだなって。 」
巷には、MCの内容まで事細かにきっちりと台本が用意されているライブも存在する。しかし真野ちゃんのMCは、本人が、今、この瞬間、ステージに立って、マノフレを前にして自分の心に浮かんだこと、伝えたいことで構築される。どんな言葉で何を伝えたいのか。それは本人ですら予想がつかない。
「 #真野恵里菜デビュー10周年 を率先して使わせていただいて、感想とか思い出とか想いを書いてくださいって言ったんですけど、みんなが私と出会った頃の思い出とか、出会ったきっかけを書いてくれている方が多くて。CMひとつだったり、「友達に“真野恵里菜のこと好きになるよ”って言われて、本当に好きになっちゃった」とか。「オープニングアクトとして出演していた時に観て、すごく真っ直ぐ目でこちらを見てくれたので、そこで心を奪われました」とか。そんなきっかけで、こんなに長く、私のことを見守ってくださる方がいたんだなって。だから私、本当にみんなに失礼だったな、って思って。」
真野ちゃんの言葉が熱を帯びていくのが手に取るようにわかる。同時に、彼女は今、感情の昂ぶりが抑えきれないギリギリのところで言葉を発し、想いを伝えようと格闘している。そのフレーズを、息づかいを、想いをすべて受け止めたいと、客席は水を打ったように静まり返る。
「簡単なことじゃないと思うんですよ。もちろん、私は単推ししてくれとは言いません。いいんです。ハロー!プロジェクトってそういうところだし、みんな頑張ってるし、輝いてるし、可愛いし。いろんな人に観てもらいたいって私も思うし。でもやっぱり、たまにわがままな自分も出ちゃうんです。「今日だけは私を見てほしい」みたいな。本に書いたけど、「春の嵐」とか、当時は自分のことを見てくれない人を狙って、こうやって(指をさして)やってたよ、とか。でも今日はみんなが見てくれていて。それがすごく嬉しくて。ほんと、こう、みんなも……絶対、人間だからいろんな感情になるし、「こういう真野ちゃん見たくない」「こんな道に進まないで」って人もいたと思うんですよ。でもその都度、みんな受け止めてくれて。噛み砕いて、飲み込んで、自分のものにして、「まだまだ見て行こう」って思ってくださる方がいてくれたから。もちろん卒業してから真野恵里菜を知って、こうやってライブに来てくれている方もいると思うんですよ。そうやって、すべてが今日に全部つながっていたので……うん。今日のライブで、自信が持てました。」
人は、熱しやすくて冷めやすいもの。ステージに立つ人たちにどんな言葉を届けても、みんな、このリアルを知っている。何かのきっかけひとつで、誰かの「好きです。」「応援してます。」は簡単にひっくり返る。それは相手もまた人だから仕方がないこと。そうやって折り合いをつけていくしかないのかもしれない。
10年。その間に真野恵里菜のファンの人たちが冷めてしまいかねない“きっかけ”はいくつもあった。しかし、今日、この場に集まったマノフレは揺るぎない存在。どんなことがあっても、真野恵里菜とともに歩いてきた。
「いやいや真野ちゃん。マノフレ甘く見ちゃダメだよ?」
「こちとら百戦錬磨のマノフレよ?」
目の前に広がったあたたかい赤い光のひとつひとつが、そんなふうに語りかけているようで、真野ちゃんはZepp Tokyoの天井に目をやり、唇をギュッと噛み締める。
「だから……泣きたくないなって思って、今、頑張っているんだけど。泣いている時間があるんだったら、ひとつでも多くの言葉を伝えたい。そう思って……。15歳でこの世界に入って、17歳でソロデビューしたんですけど、その前にハロプロエッグだったり音楽ガッタスだったりで経験があって、何回デビューするんだっていうのもあったけど、本当に当時は頼りなくて、なんにもできなくて。自分のことが好きになれなくて。……でも、「頑張ってね」って言ってくれる言葉が本当に嬉しくて。スタッフさんも、みんな私のことを励ましてくれて、こうやって卒業しても、バンドメンバーのみなさんがついてくださったりして。10周年のライブも「やれないかもな」って。集客とかじゃなくて、私の気持ち的に、「みんなにどんな顔をして会ったらいいんだろう」って不安だったんです。でも「せっかくだからやろうよ」ってスタッフさんも言ってくださって。みんなこうやって準備してくれて。今日、仕事早く終わらせてくれたり、「真野ちゃんの日は祝日だ!」って休みをとってくれたり。遠くから前乗りとか早朝の新幹線とか飛行機とかで来てくれたり。私のためにこんなにたくさんの人が、自分の時間とかいろんなものを割いて会いにきてくれるんだって。」
「気づくのが遅かったけど、今日、本当に身に沁みて。今日、ライブやってよかったなって思いました。真野恵里菜と出会ったけど今日ここにいない人もいると思うんです。マノフレ卒業しちゃった人もいるだろうし。でも、この場で伝えたいです。私と出会ってくださったすべてのみなさま、本当に今日までありがとうございました。」
10周年ライブで彼女が伝えたいこと、それは10年という期間の中で真野恵里菜を支え、応援してくれたすべての人への感謝の気持ち。
「なんかさ、私がネガティブだから、みんなもちょっとネガティブ思考や泣き虫なのがうつっちゃったりしたと思うのね。「男の人もこんなに泣くんだ!」ってライブで知ったの。……でも、私も何かをやるには意味をもたせたいと思って。メッセージを伝えたいと思って、今日は1曲目から「Song for the Date」にしたりね。1曲目って、そのライブの象徴だと思ってます。(歌詞の)「いつか終わりを告げるその時を」っていうのは、ライブって始まれば終わっちゃうんですよ。始まる前にみんなとも言ってたんです。「始まったら終わっちゃう!」って。でもそれをずっと忘れないようにしたいし、ずっと歌っていたいという想いを曲に込めたいなって思って。当時、出たときは、みんなに寂しい想いをさせちゃったんと思うんですけど、それじゃなくて、この2時間、全力で歌って、楽しんで、忘れないようにしようねって想いで入れさせていただいたので、安心してください。変に捉えないでください(笑)。」
真野ちゃんは、いろいろ考えて不安な気持ちを抱いている人たちにそっと寄り添うように、1曲目が「Song for the Date」である理由を口にする。
「といっても本当に、奇跡だと思うんです。卒業して5、6年経ってもライブができて。しかもこんな大きな会場で、平日で。デビュー日当日だからって無理してくれた方も多くて。なんか、後輩に残せたものって全然なかったなって思うけど、どんな道に進んでも、絶対自分の信念を貫いて、自分の選んだ道に胸を張って行けば、認めてくれる人がいて。別に誰かに認めてもらいたくて人生歩んでいるわけじゃないけど、せっかくみんなの前に立つ仕事、伝える仕事をさせていただいているので、真野恵里菜っていうひとりの人間の生き様を見て、かっこいいなとか、自分はこうならないようにしようとか(笑)。何かを感じ取ってもらえたら、私はその人の人生に関わることができたと思うので、今後もそういうふうに生きていきたいと思います。かっこ悪い姿をみせることもあるかと思います。でも、それが人間なんで。真野恵里菜なんで。そんな私を見て、何か感じてもらえたら、心を動かしてもらえたら嬉しいです。これからもどうぞ、よろしくお願いします。」
「それが人間なんで。真野恵里菜なんで。」と、真野ちゃんは微笑む。そして、10周年記念ライブのステージに立って思ったことを伝え、そして頭を下げた真野ちゃんを大きな拍手が包み込んだ。
■ 「みんなで歌った」のフレーズが生き続けるように
そのまま10年前のこの日にリリースされたメジャーデビュー曲「乙女の祈り」へ。暗転するステージに、真野ちゃんのシルエットが浮かび上がる。乙女の頃から10年が経ち、いろんなことを考え、経験し、生きてきた真野恵里菜の深みが混じり合った歌声がピアノの旋律と重なる。幼くて純真無垢だったあの頃とは違うし、あの頃に戻ることなんてできない。
だけどステージ上には、あの頃以上に人として強く輝き、魅力を増した真野恵里菜がいた。
「10年前のこととか思い出しながら歌っていたけど、振り返れば、10年前以上の景色をみなさんが見せてくれてるなって思います。ありがとうございます。しんみりしちゃったけど、最後は、みんなの声が必要な曲なんですよ。みんなで歌わないと、何年後かにこの曲が聴こえなくなっちゃいそうで。なので、「みんなで歌った」ってフレーズが生きるように、ライブなので、みんなと一緒に次の曲は仕上げたいと思います。」
アンコールのラストは、真野ちゃんにとってハロプロ卒業シングルとなった「NEXT MY SELF」。真野ちゃんはステージを歩き回り、そして潤んだ瞳で笑顔を弾けさせる。すべての観客も、この曲がこの先何年も生き続けるように、声の続く限り全力で歌う。そしてこの曲が色褪せない思い出として心の片隅にあり続ける限り、マノフレはいつでもマノフレになる。
「ありがとうございました!」
真野ちゃんはそう残して、ステージを降りていった。
■ my precious treasure box
楽器だけが取り残されたステージに向けて、マノフレからの「恵里菜!」コールは鳴り止まない。しばらくして、真野ちゃんがバンドメンバー、そしてジャケットを脱いだ中島卓偉とともに姿をみせる。ダブルアンコール、しかも卓偉が出てきたということは、きっとあの曲をもう一度。そんな期待から「卓偉!」と叫ばずにはいられないマノフレたち。
「気安く“卓偉!”って呼ぶの、やめたほうがいいよ。“卓偉さん”だから。」
このタイミングにおいても、ぐうの音も出ないほどの正論を語る真野ちゃんと、それに苦笑する卓偉。
「終わりたくない! でもステージからハケて時計見てビックリした! もうすぐ21時半! ごめんなさいね。本当に!」
ダブルアンコールで真野ちゃんがそう謝罪すると、マノフレの多くは“いつものことだろう”と言わんばかりに笑う。19時過ぎにスタートしたライブは、まもなく2時間半を経過。もちろん遠方からきた人たちの多くは、こうなることを見越して今夜の宿を確保済みである。
時に、スタッフの間では、真野ちゃんのライブにおける時間配分の正確さに定評がある。“いつもしゃべりすぎて時間が延長される”というイメージを持っているマノフレもいるかもしれないが、実はこれは誤解(もしくは真野ちゃんの演出)であり、終わってみれば当初の予定通りの時間だったりする。ゆえに真野ちゃんのライブにはタイムキーパーを行なうスタッフもいなければ、タイムテーブルに記載されているのは、ざっくりとライブのトータルタイムと、曲のタイムコードのみ(MCパートの目安となる時間は記載されていない)。
この日の進行表にも「120分」というトータルタイムのみが記載されており、真野ちゃんはステージ上で時計もないのに、後半までほぼ誤差もなくライブを進めていた。実は観客を楽しませつつ、同時に裏側を知るスタッフたちに対しては、“職人芸”ともいえるようなプロフェッショナルな技を見せつけていたのだ。
しかし、マノフレに伝えたいという気持ちが、正確にタイムを刻んでいた彼女の時計を最後に狂わせたのだろう。届けたい溢れる思いがありすぎて、この日は珍しく予定時間を大幅にオーバーしたのだった。
「やっぱりね、最後の曲、もう一回歌いたい曲がありまして。さっきは危うかったので、ちゃんと届けたいなと思いまして。後ろのスクリーンも見つつ、今日のこの景色をしっかり目に焼き付けて帰っていってほしいなって思ってます。もう一度、この曲を歌わせてください。」
10周年ライブを締めくくる曲は、再び本公演の翌日、3月19日午前0時より配信開始となる「かけがえのないあなたへ〜my precious treasure box〜」。しかし、ここでの真野ちゃんには、本編で初披露した時のようなこみ上げてくる感情とのギリギリのせめぎあいはなく、しっかりと自分が伝えたかった想い、感謝の気持ちを歌に乗せて観客ひとりひとりへと届けていく。
最後のサビが終わろうとするタイミング。卓偉はバックバンドと目を合わせて、抱えていたエピフォンのヘッドを振り下ろす。するとバンドも音を止める。
ラストの「ありがとう」のフレーズは、静寂の中で、Zepp Tokyoに響き渡ったのだった。
「“ありがとう”って言葉を言い過ぎかってくらい言ったんだけど、本当に伝えきれないほどのありがとうがいっぱいあったので、今日は、一旦、足を止めて、あらためて伝えさせていただきました。10年前の今日よりも、今が本当に最高の日になりました! どうもありがとうございました!」
すべてを終えて、真野ちゃんに涙はなし。とびっきりの笑顔で、最後まで観客が抱えきれないほどのありがとうの気持ちを伝える。そして彼女は最後に、
「どうもありがとうございました! また会いましょうね!」
マイクを使わずにそう叫んで、『真野恵里菜デビュー10周年記念ライブ~my precious treasure box~』を締めくくった。
■ かけがえのないもの
今回のライブは、あくまで真野恵里菜10年の区切り。とはいっても、真野恵里菜にとってラストコンサートだと誤解していた人もいたかもしれない。いまだにそれを信じている人もいるはずだ。
結論から言うと、そんなことは誰にもわからない。真野ちゃん自身が、未来について「あえて計画をしない」という選択肢をとっている現在、これがラストかもしれないし、ラストではないかもしれない。
だがしかし、『真野恵里菜デビュー10周年記念ライブ~my precious treasure box~』に参加したマノフレは、きっとこれとは別の結論を胸に抱いていると思う。あの日、あの空間で感じた“匂い”は、ラスト特有のそれとは確実に違った。
言い表すなら「これ……次、あるぞ。」という“匂い”。
手応えというほど確かなものではない。しかし、それは個人的な期待とかの類ではなく、なんとなく、でもきっとそんな気がする、というもの。もしかしたら真野ちゃん自身も、実際にステージに立って、マノフレの顔を見て、なんとなくそう感じていたのではないだろうか。ただ、だからといって、それがいつになるかとか、どこでやるかとかなんて約束は何ひとつない。
「次の約束がない」というのは、そもそも真野恵里菜とマノフレの関係性の中ではいつものことだ。
真野恵里菜10周年のお祭りが終わると、それぞれがそれぞれの場所で、それぞれの空の下で、それぞれに頑張る日々を過ごし始める。そんな日常の中で、たとえばこの記事をきっかけに、あの日のことを思い出し、真野ちゃんのことをふと思い浮かべるマノフレもいるかもしれない。
きっと、そのくらいでいいのだと思う。
「時々、日常でふとマノフレのことを思い出す時がある」とは、10周年記念本で行なったインタビューの最中に彼女自身が口にしていた。ただ、そんなふうにお互いがふと思い出す中で、どこかでタイミングが重なり、次に繋がるきっかけの扉はノックされる。
また、真野ちゃんはライブ中に「私、本当にみんなに失礼だったな、って思った。」とも発言している。この言葉の前後からもわかるように、(いろんな出来事が重なって、見失いかけてしまいそうになることはあっても)真野ちゃんとマノフレの間柄なんてものは、常に次の約束をしていないといけないほど壊れやすいものではない。絆があるとか信頼しているとか言えば、それはそのとおりだろう。そんなもの根拠のない自信に過ぎないと言うのなら、それもそのとおりだろう。だけど、そこにあるべきものが、当然そこにあるような顔をして、きっと僕たちはまた再会し、同じ時間を、同じ空間を、同じ楽しさと同じ喜びを分かち合う。
そういうものだから、きっと「かけがえのないもの」なんだと思う。
■ 雨が降らなかった、2019年3月18日の空を思い出しながら
ところで、デビュー10周年を記念して出版された真野恵里菜のフォトエッセイ『軌跡』の中で、彼女は以下のように綴っている。
<マノフレの笑顔が見たくて、「俺たちの真野ちゃん凄い!」って褒めてもらいたくて、それが原動力になっていました。>
マノフレはあらためて、乙女を卒業した彼女のことを思う。
10年のありったけの感謝を込めて。
「俺たちの真野ちゃん凄い!」って言わせてくれてありがとう、と。